第59回 「この子の七つのお祝いに」

「七五三」と書いて「しめ」と読む苗字の人が、大学のとき、研究室にいました。

しめ縄に、藁を7,5,3本と編込んで作ったことによるものだそうです。


一方、「注連縄」と書いても「しめなわ」と読みます。

水を「注」いで清め「連」ね張った「縄」のことだそうです。

「注連本」と書いて「しめもと」と読む苗字の人が、予備校のとき、講師にいました。

あの頃は、鯛焼きを食べたり、お堀端を歩いたりしていました。


昨日で中断したはずの、国道の話です。

昨日、記したとおり、国道59号は、今はありません。

これから100号までは、欠番となります。

でも、むかしむかしには、ありました。


明治時代に制定された、所謂「明治国道」には、61号までありました。

59号は、東京から第16師団まででした。

東京から京都までは、明治国道2号と重複していて、単独区間は、三条大橋から伏見深草の師団司令部まで。

京阪電鉄京阪本線と並行して南下するこの道路は、現在でも「師団街道」と言う名前が残っています。

明治国道59号は、指定された1911年(明治44年)から、新しい国道、所謂「大正国道」が制定された1919年(大正8年)まで、8年間だけ存在した国道でした。


今日、ブログについて新しくしたことと言えば、テーマを新たに設定したことくらいでしょうか。

所謂「梃子入」ということです。


奥さんは、ずんだ大福を、私は、草餅を食べました。

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