第109回 冬最終日は春前日

昨日は、少し暖かくなってきたので、歩いて帰ってきました。

1時間くらいでした。

ちょうどいい運動になりました。


今はなき、国道の話です。

前回、記したように、国道109号は、欠番になっています。

でも、10年足らずの間だけ、存在していました。


1953年(昭和28年)5月から1963年(昭和38年)3月まで、109号はありました。

そのときは、二級国道横手古川線と呼ばれ、13号の横手市から4号の古川市(現大崎市)までの国道でした。

現在の108号と、ほぼ同じでした。

では、その当時の108号はと言うと、二級国道石巻酒田線と呼ばれ、45号の石巻市から7号の酒田市までの国道でした。

起点から古川市までは、現在と同じですが、そこから終点までは、現在の47号と同じになります。

1963年(昭和38年)4月に、108号の古川市から酒田市までの区間が、一級国道47号に昇格しました。

そして、108号の残った石巻市から古川市までの区間と、109号の古川市から横手市までが統合して、新たに二級国道108号石巻横手線となりました。

その後、1965年(昭和40年)4月、級区分が廃止され一般国道となった時に、終点が変更され、現在の石巻市から由利本荘市までの国道になりましたとさ。


私の生まれる、少し前の話です。


108号から昇格した国道47号は、前々回第107回にも記したとおり、4号の仙台市から7号の酒田市までの国道です。

太平洋岸から日本海岸まで、東北地方を横断する国道の中では、最上位(一番若い番号)の国道です。

起点の宮城野区苦竹ICから大崎市上古川交差点までの約43kmの区間は、4号と重複しています。

それで、起点が大崎市と間違われます。

また、三陸自動車道の利府JCTから東北自動車道の富谷JCTまでの仙台北部道路は、47号のバイパスと言うことになっています。

現在は、富谷JCTから4号(47号)の富谷ICまでは開通していないので、本線と接続していない分離バイパスになっています。


この国道も、全線、走破しています。

10年ほど前は、仕事で毎日のように通っていました。


そうこうしているうちに、日付が変わりました。

あ…。

第89回と同じです。

今日は旧暦1月1日、所謂旧正月です。

あと1時間もすると、西の方で爆竹が鳴り響くことでしょう。


そしてまた、節分でもあります。

節分は、本来、年4回、各季毎にあるのですが、春の節分が特化しています。

夏の土用と同じようなものです。


節分と言えば、豆撒きです。

普通は、撒く豆は、炒った大豆です。

私の実家でもそうでした。

東京を始め、全国の広い範囲でそうだと思います。


この街では、殻付き落花生を撒くと言います。

北海道,東北,そして南九州の風習だそうです。

スーパーでも、落花生が大量に売られています。


我が家では、大豆を撒きます。


「鬼は外」は、外に向かって、大きな声で、多くの豆を、勢いよく撒きます。
「福は内」は、中に向かって、小さな声で。少しの豆を、優しく撒きます。

だって、大きな声で「福は内」と叫んだら、福が驚いて逃げていってしまうもの。

そして、鳩と同じように、福は豆が好きなので、釣られて中に入って来るように撒きます。


今日は、半年毎の検査を受けます。

もう食べられないので、少しおなかが空きました。


奥さんは、私の父の誕生日の贈り物を、買って来てくれました。

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