第235回 駅前広場と1番線ホーム

まだ出発っていない、静かな夜です。

10km先を、赤い最終便が微かに通り過ぎました。

中には、幽霊便もいます。

1997年は、前世紀であり、今から既に17年前です。

皮革も擦り減る道理です。


赤い岸壁に立ち寄って円形の水壁に至ったりもします。


青い最終便は、少しく東をかすめて行きました。


蛇腹の夢も、今宵身軽に昇っています。


今夜は九人衆が列なります。

来し方行く末は様々です。

北京から来た者、香港から来て赤軍に向かう者、新嘉坡から来ることもあり自衛隊に向かう者、避寒地から心の野原と豆の木の息子へ向かい郵船の娘を経て戻る者、避寒地から巨大な林檎を食べる者、片や百周年を経る者、葫畑から船員に向かう者、赤い方から熱い日に向かう者、そして羅天使から桑港に向かう者。

そろそろ先鋒が過ぎていきました。


前回のつづきです。

人間は、憤ると興奮し、興奮はやがて涙へとつながる。
憤るとは、何か。
激しく怒ることであり、恨みも伴う。
また、胸につかえ、心が晴れないことも意味する。
嘆きには、憂いを伴い、その背景には、心配がある。


砂嚢とさのうと左脳。

前二者は、互換関係にあります。


鷗の多い処は、鈴蘭の終着駅でした。


そして、M4.7。

今週と同じく、微動を伴って。


明日は金曜日。

まだ週末ではありません。


ニャトランは、最近、床暖房をしないようになってから、繁く人の上に乗ってくるようです。


奥さんは、ニャトランが引っ掛かって、容易に立てなくなることが屢になりました。

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